台沖美食株式会社
代表取締役 屋嘉比桂
2018年台湾中部にて豚骨ラーメン専門ラーメン店Motonariを商業施設内にて開店。客席とキッチン合わせて約70坪の箱で素材に拘った食材で濃厚豚骨ラーメンを提供。商業施設期間を満了して2020年に竹北市へ引越し、40坪25席の路面店として再出発。2021年に屋号を「沖縄拉麺 六家」へ変更して営業を継続、現在に至る。
5年間にわたる沖縄県の業務委託で、県内企業の海外展開支援を行っていた際に出会い、公募の審査〜採択から出店までの支援をおこなった事例。
———渡邉との出会いは?
屋嘉比さん:6〜7年前ですかね。当時、私はニューヨークのラーメン店で働いていたんですが、そのお店が台湾に進出することが決まって、沖縄県の海外展開事業のプログラムに応募したのがきっかけですね。
渡邉 :当時、私が沖縄県からの委託事業で、県内企業の海外展開の支援を行うプロジェクトのリーダーをやっていたんです。
屋嘉比さん:私としては、もともと海外で起業したという思いがあったのでいいチャンスだなと思って手を挙げたんですが、なにしろ起業すること自体が初めてだったので、応募するだけでも大変だったのを憶えてます。これは、直さんにお手伝いしていただく前の話なんですが、県のプログラムなので、沖縄県に会社を立ち上げて、さらに応募に必要な書類やプレゼン資料を作らなきゃいけなかったんですが、それをニューヨークと沖縄を行ったり来たりしながら作らなきゃいけなくて。プレゼンの前日、緊張して全然寝れなかったのも憶えてますね。
渡邉 :そうだったんですね。私、その時、審査側にいましたけど、全然そんな感じしなかったですよ。
屋嘉比さん:いやいや(笑)。
渡邉 :その後、無事に県のプログラムに採択されて、補助金を原資にして台湾での催事を一緒に手がけたのが始まりですよね。
屋嘉比さん:懐かしいですね。いや、あの時めちゃくちゃ大変でしたよね。現地にも手伝ってくれる仲間はいたんですが、人材も機材も、食材の仕入れルートも探さなきゃいけないし、お客さんを呼び込むための販促やマーケティングのことも考えなきゃいけないし、次の展開も考えなきゃいけないしで…。
渡邉 :大変でしたけど、オープンと同時に行列ができるくらい大人気で、すごかったですよね。
屋嘉比さん:そうですね。最初の百貨店の催事の時は、百貨店がオープンする前から外でお客さんが待ってくださっていて、開館すると同時にみなさんお店まで走って来て並ぶので、オープン直後から40分待ちとかでしたね。
———一緒に催事をしている中で、何か印象的な出来事は?
屋嘉比さん:1回1回の催事の振り返りと次の計画を一緒に立ててくれたことですかね。例えば、来てくれたお客さんに何をヒアリングしたら良いかのアドバイスしてくれたり、その結果を分析していただいたりしましたよね。あの資料があったから、次の催事に向けた計画や対策が練れたと思います。ありがたいことに毎日お店を回すだけで精一杯な状態だったので、それだけじゃなくて「次のことも考えるよ」と、近くで言ってくれる方がいたのは本当にありがたかったです。
渡邉 :結果、催事をやる度にちゃんと黒字化されてましたよね。
屋嘉比さん:そうですね。1年かけて6回の催事をやったんですが、短期間でもこれだけ売り上げが出ていたので、「これはいけるぞ」と手応えも感じましたね。その結果、最初に催事をやらせてもらった百貨店で常設店を立ち上げることが決まり、それに伴って、今度は直さんに現地法人の立ち上げに必要なことや資金の整理、現地のパートナー探しなどを手伝っていただきましたね。
渡邉 :本来、現地法人を立ち上げる時って、日本人なので台湾の銀行からの借入は難しく、台湾法人となると日本の銀行からも借入れもハードルが高いので、最初の資金を集めるのが大変なんですよね。MOTONARIさんの場合は、催事の売上を原資に自己資金だけでお店の立ち上げまで辿りつけたんですよね。
屋嘉比さん:その上、一番お客さんの反応が良かった場所(最初に催事を開催した百貨店)にお店を出すことができたっていうのも良かったですよね。条件面でもそうですし、すでにお客さんが付いている状態だったので、催事の時に食べに来てくれたお客さんが、また食べに来てくれたのもすごく嬉しかったですね。
———コロナの影響は?
屋嘉比さん:ありがたいことにコロナ前は安定していたんですが、入居しているところが百貨店だったということもあり、コロナの影響はかなり受けましたね。2020年の1月から影響を受け始めたんですが、そもそも百貨店に人が来なくなってしまったので、何をしても手の打ち用がないというか…。その上、立ち行かなくなった百貨店側から、3月末には出ていってほしいと言われてしまったんですよね。最初は「え!そんな急に!」と思ったんですが、従業員のみんなもいたので、もう「なんとかするしかない!」という一心で新しい場所での出店を決めました。
売上が厳しい中、元の店舗をスケルトンに戻して、新しい場所を見つけて店舗設計から始める、というのは、それまで貯めていた資金では賄い切れない金額で、資金的にはかなり苦しい時期もありましたね。結局、同年の8月には新店舗を出せたんですが、その間、従業員のみんなも残ってくれて、みんなでなんとか屋台に出店したりとかしながら乗り越えたという感じでしたね。
———現在は?
屋嘉比さん:8月のオープン以来、なんとかいい感じで走り続けてますね。一時期(2021年)、店内飲食が全くできない時期が3ヶ月くらいあったので、テイクアウトを始めたんですよ。それまで、ラーメンのテイクアウトなんてやったことなかったですし、正直「どうなの?」と思うところもありましたが、テイクアウトで提供してあげないと、うちの味が食べたいと思ってくれているお客さんたちは、この味が食べられないんだ、と思ったらやらない理由がなかったんですよね。
そのほかにも、「とにかくやれることはやろう」と思い、唐揚げや沖縄料理など、いろんなメニューを毎日考案して、毎日POPも変えて営業してましたね。その結果、その間になくなってしまうお店も多い中、しっかり黒字を作り続けられていたということが、今ではすごい自身になってますね。
渡邉 :今後、何かやりたいことってあるんですか?
屋嘉比さん:そうやって大変な時期に、周りの情勢や流行りを見ながら、新しい打ち手を考えて実行していく、というのが面白いな、と思うようになりましたね。なので、もっと何か違う形でお店に関わるっていう方向性もあるのかな、と思いますね。少しスケールの大きな形でやれることもあるのかな、と思ったりしています。
渡邉 :台湾には居続けようと思っていますか?
屋嘉比さん:居続けたいですね。もちろんラーメン屋さんも。
渡邉 :なるほど。台湾拠点で、もうちょっとスケールの大きいものですか。沖縄×台湾でも何かできそうですよね。
屋嘉比さん:そうですね。もう年齢的にもずっとお店に立つのはしんどくなってくると思いますしね。でもまだ新しいことや、面白いことをやり続けたいなって思ってます。
渡邉 :いいですね。じゃあ、また何か面白いこと一緒にやりましょうよ。
屋嘉比さん:はい。ぜひぜひ!
渡邉 :じゃあ、またご連絡させていただきますので、引き続きよろしくお願いします。
人物紹介
台沖美食株式会社 代表取締役
屋嘉比 桂
沖縄県那覇市出身、2015年から現在まで台湾在住。 台湾で現地法人「台沖美食股份有限公司」を2017年設立後、ラーメン店を数店舗経営、現在「沖縄拉麺 六家」を経営。 営業利益40%の高収益型店舗経営を継続中。 小規模飲食店のアドバイザーとして、現地の飲食店をサポートしている。 アメリカ→台湾と移動しながら異文化の中で日本食の良さを広めることに挑戦している。